第1回スローモーション会議(文体練習、温泉こんにゃく芸者、ソナチネ ビヨンド)

(沖縄、夜。短パンの男と短パンじゃない男の会話)


「東京どこ住んでんの?」


「中野」


「じゃあ、駅前のトミーって店、知ってる?」


「知らねえよ」


「結構有名なんだけどね」


「知らねえって言ってんだろ」


「・・・」


「・・・」


「あのさ、映画好き?」


「まあな」


「あのさ、スローモーションってあるじゃん」


「それがどうしたんだよ」


「スローモーションって、おもしろいよね」


「あん?何言ってんだよバカヤロー、かっこいいの間違いじゃねえの」


「かっこいいスローモーションって?」


「コノヤローいちいち説明させんなよ。ペキンパーとか、ジョン・ウーだよ。『ワイルドバンチ』とか『男たちの挽歌』とか見てねえの?ヤクザなら必見だろ?」



「いや、見たけどさ、でもジョン・ウーのスローモーションってさ、新鮮さがなくなって、またかよって思うよね」


ジャッキー・チェンはどうよ。高いところから落ちるの何回も撮ったりして、すごいじゃん」


「うーん、あれは体張ってほんとにやってます大変ですっていうアピールなんじゃないの」


「ああ言えばこう言うヤローだな。じゃあ、ジョニー・トーはどうだよ。ハジキの使い方勉強すんなら『エグザイル/絆』の銃撃戦とか見ろよ、せっかくスローモーションにしてくれてんだから」



「トーはたしかにかっこいいよね。でもさ、トーさんなら『柔道龍虎房』とか『スリ』の方がいいよ。村上淳シネマヴェーラで『柔道龍虎房』見て、おもしれーって興奮してたよ」


「おめえの趣味なんか聞いてねえし、その村上淳情報の出所はどこなんだよ」


「おれ。何年前だったかな、ヴェーラ行ったらさ、いたんだ、村上淳が」


「そんなのどうでもいいよバカヤロー。だいいち、スローモーションがかっこいいってわかってんなら、なんでおもしろいとか言うんだよ」


「今の映画ってさ、スローモーションが使われんのって、狭い意味でのアクション・シーンっていうか、格闘シーン、暴力シーンばっかりじゃん。で、どれもチンタラやってんの。『マトリックス』以降のアクションとか似たり寄ったりだし。ちょっと違う系統のやつだったら最近『ドライヴ』ってのがあったけどさ、エレベーターの中でライアン・ゴズリングキャリー・マリガンにキスしてから敵をやっつけるシーンとかさ、わかったからさっさとやってくんない?って思うよね」


「じゃあ、『インセプション』はどうよ。車が落ちたり揺れたりすんのがスローモーションになってさ、水滴の動きまで見えるやつ」


「あれでしょ、何層構造とかになってて、上の層の時間が下の層では何十倍かの時間になってるから、下の層でいろんなことが起きてる間にも上の層ではちょっとした時間が進んでなくて、カットバックしたら片方が超スローモーションになるってやつでしょ。スローモーション使うのにそんな理屈こねてどうすんだよって思うよね」


「てめえ、駅前のトミーとか適当なこと言ってたくせに、意外と細けえな」


「・・・」


「まあ、おまえが言ってることもわかるよ。キャプテン翼とか、スポーツマンガあるじゃん。足振り上げてボール蹴ってゴールネットに突き刺さるまで何ページ使ってんだよって、思うもん。あれも一種のスローモーションでしょ」


「・・・まあそうなんだけどさ。おれがほんとにかっこいいなって思うスローモーションはね、神代辰巳なんだよね」


「誰だよそれ、そしてどの映画だよ。おれ邦画見ねえんだよバカヤロー」


「きょうびインターネットで調べられるんだから、WikipediaAmazonで調べてDVDポチって見てよ、もしくはTSUTAYAで借りてみてよ。でね、神代の『赫い髪の女』っていう映画なんだけど、オープニングでさ、女のひとがトンネルの向こうからこっちに向かって歩いてくんの。近づいてきたら、それが赤毛宮下順子だってわかるんだけど、それを車が何台も追い越していくんだよね。そしたらカットが変わって、全然違うところをトラックが走ってるのが写るの。でね、また宮下順子がトンネルを抜けてこっちに向かって歩いてるカットになって、トラックが走るカットとカットバックされるのよ。あ、きっと女とトラックは接近してるんだなってわかるじゃん。そしたら宮下順子の背後から赤い髪の毛を撮ったショットになって、その向こう側にさっきのトラックが見えるの。で、とうとうすれ違うんだ。すれ違いざまに宮下順子が振り返るところがクローズアップのスローモーションになって、そんで今度はすれ違うトラックと宮下順子とが重なって赤い髪が風になびく瞬間にストップモーション、そんで赫い髪の女って赤字のタイトルがでーんと出るんだ。思い出すだけでもかっこいいんだ。ちなみに、そのときにかかってる曲が憂歌団で、これまたいいんだ。しゃべってるうちに、小津の高橋貞二みたいな口調になっちまったんだ」



ストップモーションってあれだろ、トミーとマツのエンディングのやつだろ?まあなんかよくわかんねえけど、見てみるわ。でもさ、その赤毛の女でスローモーションってのは、つまりあれだな、ガンダムガンペリーに乗ったミハルがミサイル発射した拍子に爆風で吹き飛ばされる瞬間がスローモーションになってたけど、それと一緒だな」



「・・・たしかに間違ってはないよ、うん。要するにさ、スローモーションって、決定的瞬間に使うもんで、何度も使ったらダメだと思うし、似たようなシーンをどれもこれもスローモーションにしてたら、全然インパクトないんだよね」


「まあ、なんか言いたいことはわかるよ」


「でね、やっとおもしろいスローモーションの話なんだけど」


「まだ続いてたのかよ、その話」


「そっちが本題だから」


「話なげえんだよ、コノヤロー」


「まあまあ、聞いてよ。あのさ、こないだ京都で『温泉こんにゃく芸者』ってのを見たの。中島貞夫が監督なんだけど」


温泉こんにゃく芸者 [DVD]

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「なんだよ、それ。おれ邦画見ねえって言ったじゃん」


「昔、温泉なんとか芸者ってシリーズがあってさ」


「意味わかんねえよバカヤロー」


「・・・」


「まあいいわ、続けろよ」


「あらすじは置いとくけど・・・」


「なんだよ、あらすじ言わねえのかよコノヤロー。何の話かわかんねえじゃんか」


「堪忍してよ、おもしろいスローモーションの話をしたいだけだから」


「しかたねえな」


「話長くなるから前略するけど、いろいろあって、芸者が製薬会社の社長に身請けされることになるの。で、殿山泰司が芸者のお父さんなんだけど、お父さん、こんにゃく使っていろいろ研究してて、娘を身請けするのなら屋敷にこんにゃく風呂を作らせろって条件をつけるのよ。そんで、大仕事の前だからとか言って身を清めて床一面にでっかい手製のこんにゃくを敷き詰めたこんにゃく風呂を完成させて、いざ身請けの儀式、初夜の晩ってことになって、芸者と社長が結婚式で教会に入ってくみたいな感じでこんにゃく風呂に入ってくの。そしたら、社長がすべって転んで、あと脳卒中か何かになって倒れちゃうんだ」


「やばいじゃん」


「で、社長の妻を菅井きんがやってんだけど、菅井きんが子どもたちを連れて妾宅に車っていうかマイクロバスでかけつけるんだ。こっからがスローモーションなんだけど、宅に乗りつけたマイクロバスの中から、まず菅井きんが出てきて、その後、白い帽子、白いシャツを着た子どもが、ひとり、またひとりと、シロアリみたいにぞろぞろ出てくんの。いったい何人いるんだって。結局、10人くらい出てくるんだけど、それをぜんぶスローモーションで撮ってんの。どう、おもしろいでしょ?」


「よくわかんないけど」


「だって、菅井きんだよ!菅井きんが奥さんで、妾まで持ってるのに、10人も子ども作ってたのかよ、どんだけ愛し合ってんだよって思うじゃん」


「たしかに、そうだな。でも、実際に見てみないとわかんねえよ」


「だったら、DVD出てるから借りてくるか、名画座でかかるの待っててよ。でね、もういっこあるんだ」


「まだあんのかよ」


「うん。さっきの話で身請けがパーになって、結局芸者に戻るんだけど、そしたらまた身請けしたいって人が二人出てくるんだ。で、どっちが高く買うかってセリになって、結局小松方正が500万円で競り落とすんだけど、当の芸者本人は、わたしはまだ買われるとは言っていない、自分の道は自分で決める、あんたと寝てわたしが勝ったら500万円もらうけど身請けはされない、でももし負けたらお金はいらないからあんたのところに行くって言って、賭けをするのよ」


「なんかよくわかんねえ賭けだけど、おもしろそうだな」


「で、小松方正と芸者の床上手三本勝負になるわけ。先にイった方が負けっていう。それぞれセコンドがついて、審判もいて。1本目は所謂名器をお持ちの芸者が勝って、休憩時間に芸者は殿山泰司にマッサージされて、小松方正は強壮剤飲んだりしてんの。次、2本目は小松方正が勝つの。そんで、いよいよ3本目で芸者の運命が決まるってことになるの」


「大勝負だな」


「そう。で、こっからがおもしろいスローモーションなんだけど、シネマスコープの画面上に芸者の裸体がでっかく横たわってるの。おっぱいはつんと上に向いて。で、画面の奥の方に小松方正がちっこくうつってて、刀を振り上げてんだ、白刃振りかざして、やーっ!てな感じで裸体の方、つまり画面の手前側に走ってくんの。天誅!みたいな感じで。そんで裸体に切りかかったところでスローモーションが終わって、三本目の床勝負が始まるの」


「いいじゃん」


「あ、わかってくれる?」


「ふつうさ、アクション・シーンでスローモーションになるのって、決め顔じゃねえけど、ガンアクションとかをうまいことやって決めポーズをとる瞬間とか、いよいよ勝負が決した瞬間とか、銃弾が当たってやられた!って瞬間とかが多いけどよ、その小松方正が刀振りかざすのは気合入ってますってだけで勝負の結果とは何の関係もねえもんな」


「でしょ、中島貞夫はさ、ふつう使わないところでスローモーション使ってんだよ。スローモーションって、そのときだけ時間の流れ方が変わるわけだから、やっぱ特別な瞬間に使われるべきなんだけど、その特別な瞬間ってのをふつうの所謂アクション・シーンの見せ場とかに限定してると、スローモーションの使われ方自体が陳腐化して特別じゃなくなって、せっかくスローモーション使ってるシーンなのに、なんだふつうじゃん、ってなっちゃうと思うんだよ」


「そうだな。さっき言ってた、最近のジョン・ウーとか、『マトリックス』以降のアクション映画のスローモーションに新鮮さがないってのも、そういうわけだな」


「それに対して、中島貞夫はけっこうどうでもいいシーンで特別にスローモーション使ってるから、そのどうでもよさと特別さとのマリアージュっていうかねじれが、おもしろさを生んでるんだよね」


「だな。その二つのスローモーションがおもしろいのはさ、見てないからわかんねえけど、異化効果ってやつなんじゃねえの」


「おっ、難しい言葉、知ってるね」


「てめえ、バカにしてんのか、コノヤロー」


「うっせえんだよ、バカヤロー」


「なんだと、てめえ、指詰めろよ、コノヤロー、どの道具使うんだよ、ドスか、ナイフか」


「何でもいいから持って来いよ、バカヤロー」


「そういえば、『アウトレイジ ビヨンド』でも、大事なシーンで、スローモーションになってたじゃねえかよ、コノヤロー」


「しかも、丁寧に環境音ミュートして、音で演出してたじゃねえかよ、バカヤロー」


「ていうか、群像の映画時評で『アウトレイジ ビヨンド』がとりあげられてたけど、「は」で始まって「こ」で終わる名前の先生、映画のクレジットにも出てない「は」で始まって「う」で終わる名前の俳優が登場することバラしてよ、あれはやっちゃいけねえんじゃねえかよ。映画渡世の仁義ってもんがあんだろ、コノヤロー」


「賛成だよ、バカヤロー。でもよ、「は」で始まって「こ」で終わる名前の先生よ、「は」で始まって「う」で終わる名前の俳優が登場するシーンで「ふとこみあげてくる涙をとてもおしとどめることはできなかった」って書いてたから、感動しちまってきっと書かずにはいられなかったんだよ」


「そら、昔から北野武の映画を見てきたファンは誰だって感動すんだよ、コノヤロー」



※当スローモーション会議は、中島貞夫北野武レイモン・クノーマヌエル・プイグに触発されて第1回目を開催しました。次回の開催は未定です。