ごはん映画祭に『暴動・島根刑務所』を!

先日、山田五十鈴追悼特集で成瀬巳喜男の『鶴八鶴次郎』『芝居道』を見ながら、かつては成瀬であればその他に『歌行燈』『旅役者』、溝口健二の『残菊物語』、マキノ雅弘の『殺陣師段平』とそのリメイク(マキノ風に言うならリピート)『人生とんぼ返り』、小津安二郎の『浮草物語』など、芸道モノと呼ばれるジャンル映画が盛んに作られ、その中から幾つもの名作が生まれていたのに、今では芸道モノというジャンル自体が消滅してしまったな、そのかわりと言ってはなんだけど、なんとかガール/なんとかボーイズの類の芸道とはちと違う部活・課外活動モノという新たなジャンルが生まれており(日本でその先鞭をつけたのはおそらく『Shall we ダンス?』であり、米国における最新型が『glee』かもしれない、ドラマだけど)、これも「パッとしない自分もひとつのことに打ち込めば何かできるかも」という幻想というか希求に応えたものしれない、映画におけるジャンルの栄枯盛衰は時代の鏡でもあるなあ、と感慨に浸っておりました。


さて、この週末からは、東京でも大阪でも「ごはん映画祭」というイベントが開催されているようでして、以前から「ごはんモノ」の映画は確かに多くなったなあと気がしており、これも「ごはん作ったり食べたり、ごはん自体の癒し効果のみならず、ごはんを通じての人と人との交わりによるあったかさ?ぬくもり?日常の中の憩い?スローライフ?でほっこりしたい」というわが国における時代のニーズを反映したものなのかな、と思いつつも、映画祭の今後の益々のご発展・ご健勝を祈念しておるわけです。


が、その一方で、食卓の名シーンが多いジョニー・トーの諸作、終盤のテーブルをはさんでディナーを黙々と食べる男女の対決に息を呑むマノエル・ド・オリヴェイラ夜顔』など現代の巨匠の作品、食べ過ぎると豚になってしまうという教訓を教えてくれる宮崎駿千と千尋の神隠し』などのアニメ作品、中国のものすごくきたないルンペンのおっさんがものすごくきたない鍋で作ったラーメンを美味しそうにすするワン・ビン『名前のない男』などのドキュメンタリー作品、成瀬の『めし』みたいなクラシックがラインアップに入っていないのはどうしてなんだろうと、とりあえず何に対しても難癖つけたがる映画ファンにありがちな疑問はどうしたってむくむく湧いてきます。


しかし、そこはわたしも建設的に考えられる大人ですから、ならばコンペティション部門(と仮に呼ぶけれども、単に映画祭のメインというだけの意味であって、ほっこしりしたいニーズに応えるごはん映画においてコンペティションほどその趣旨から遠いものはない)とは別に、監督特集週間、クラシック部門などの別枠を設ければいいのではないか、そうすることによって今後の益々のご発展・ご健勝に寄与できるのではないか・・・と、こうして映画祭を育ててゆく(あるいは脱線させる)夢想はとどまることを知りません。


そうした映画祭内の別枠を設けるならば、当然カンヌにならって「ある視点」部門は外せない、それだけは譲れない、そこを譲ったら魂を売ったも同然なので、「ある視点」部門も設けることにしました。先ほど、企画会議で決定しました。

で、どんな作品をラインアップに加えようか、リサーチを進めていましたが、このたび京都映画祭の中島貞夫特集でいいのを見つけてきました。その名も『暴動・島根刑務所』。

暴動島根刑務所 [DVD]

暴動島根刑務所 [DVD]

暴動?刑務所?そんなのごはん映画のほっこりと正反対ではないか!と思わず逆上した方、ちょっと落ち着いて。深呼吸して。美木良介直伝のロングブレスして。今から、中島貞夫監督による1975年の東映京都作品『暴動・島根刑務所』がごはん映画祭の趣旨のど真ん中を射抜く傑作であることをプレゼンテーション致します。


主人公は松方弘樹演じる街のチンピラ沢本。彼は正当防衛で殺人をして、島根刑務所に入ることになります。そこには、看守長の佐藤慶を筆頭とするおそろしい看守たち(その他、大島渚組から戸浦六宏も!)がおり、当然の如く新米の囚人を洗礼する牢名主も。牢名主はさっそく「食事をよこせ」と新米の沢本に迫り、隣にいた無期懲役刑の皆川(田中邦衛)が沢本をかばいますが、逆に牢名主の策略で皆川は懲罰を受けることになります。そして、皆川をハメたのが牢名主であることに気づいた沢本は看守の隙をついて牢名主を撲殺します(刑務所における合法的な基本通貨はごはんであり、非合法の通貨が煙草であることは、洋の東西を問わずユニバーサルに共通のようです)。


その後(中略)、うまいこと脱獄した沢本は手篭めにしていい仲になった女性を連れて大阪に潜伏していたところ、川で溺れかけた少年を助けたことから地元の警察署長に表彰され、その直後に脱獄囚であることがバレるという喜劇的なエピソードを挟んで再び島根刑務所に戻るなどいろいろあって(中略)、次第に沢本は囚人たちの人望を集めるようになり、素朴そうな若い衆が(刑務所内であるにもかかわらず)子分にしてほしいと指をつめましたどうぞ、という一幕もあります(指詰めというヤクザ/チンピラ映画のお約束を笑いに変えてしまう中島貞夫監督一流のユーモアは他にも随所に見られます)。奔放で自由放埓な沢本が囚人らから一目を置かれ、人気を集めると共に、刑務所内の風紀は次第に乱れ、沢本に感化された囚人たちは看守らを恐れないようになってゆきます。


ところが、ある日、増長する囚人らへの締め付けを狙った看守長と所長(伊吹吾郎、格さんのくせに!)のつまらない画策がきっかけとなり、ある痛ましい事件が起こります(これからご覧になる方のために内容は伏せておきましょう)。そして、看守長は囚人全員に房内への謹慎を命じます。やがてお昼の時間になりますが、房内謹慎のため昼食は抜きとのお達しが。すると、囚人らは「俺たちは食事だけが楽しみなのに」と不平をこぼします。更に時間が経ち、夕方になりますが、またもや夕食も抜きに。2食連続でごはん抜きとなった囚人たちは「めし、よこせ」コールを建物内全体に響かせ、彼らの不満は、日頃からの看守らからの暴力と抑圧に対する鬱屈も相俟って、とうとう爆発、暴動の始まりです。


牢の鍵が次々に開けられ、飛び出してきた囚人たちが、棍棒を手にした看守らと激突するモブ・シーンは圧倒的です。ごはんの恨みが点火した暴動は刑務所全体に広がり、囚人らがひとつずつ建物を制圧していきます。その夜、勝利の凱歌をあげる囚人らは、焚き火のまわりをアルコールやドラッグもないのに酔ったように踊りまわり、自由を謳歌します。その片隅には、互いの肉体を貪るように愛し合うゲイのカップルもいます(ここまで囚人たちの同性愛をにおわせるような描写は皆無だっただけに、このシーンはいささか唐突ながら、それがかえって笑いをもたらします)。


そして、刑務所内の各所で自由を味わう囚人らの描写の中でも、とりわけ素晴らしいのが、囚人らが厨房でいかにも楽しそうに料理をしているシーンです。ただニコニコして汁物の入った大鍋をかき回しているだけなのですが、映画史上、これほど楽しそうにごはんを作っているひとたちがかつていたでしょうか(いや、たぶんいない(反語))。ごはんを作る楽しみまでもが自由の象徴として描かれているのは、(特にそれまでの伏線として料理シーンがフィーチャーされているわけではありませんが)ふだんは料理当番が決められた材料を使って決められたレシピで決められた時間内に作っているだけであり、料理さえもが使役労働にすぎないわけで、だからこそ好きなごはんを作りたい人が作る喜びが画面から溢れ出しているのだと思います。


さあ、その後、暴動はどうなるのでしょうか。ここからは同じく囚人で沢本同様、他の囚人らから一目を置かれる準主役の北大路欣也松方弘樹との対決などの見せ場もありますが、結末は見てのお楽しみ。


同じ監獄モノでロバート・アルドリッチロンゲスト・ヤード』という傑作がありますが、『暴動・島根刑務所』はそれに匹敵すると言ったらちょっとだけ過言かもしれないけれど、過言だとしてもほんのちょっとだけという、とてもおもしろい作品です。
そして、更に、ごはんの恨みは怖い、料理は楽しいということを教えてくれる「隠れごはん映画」です。いかがでしょうか、次回のごはん映画祭の「ある視点」部門に。。。